一、人の心のよるべき事、たとへをもつて申なり。おなじ夜なりとも、やみ(闇)の夜をよろこぶ事なし。月の光くまなきをば悦也。おなじかゞみ(鏡)なれ共、くもりたるをばみてん(曇りたるをば見てん)といふ人はなし。くもらざるをば、そゞろなる人もみたがる也。いやしきしづのめ(賤女)なれ共、あきらかなる日の光、くもらぬかゞみをしらぬ人はなし。神佛の御めぐみもよき人にはあるべし。いかにも人の心はすぐ(直)にてよかるべし。よく/\心得給ふべし。
極楽寺殿御消息 北条重時
鎌倉幕府の連署(執権の補佐)として活躍した北条重時(1198-1261)が出家後に子孫への教訓として記した書。自らの仏教信仰と、質実剛健にして自立心に富んだ東国武士の気風を反映し、正直・奉公・慈悲・謙譲・平等といった普遍的な人間のあり方を説いたその思想は、江戸時代まで広く国民各層の道徳意識に影響を与えた。
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